スタートレック:ローワー・デッキ シーズン1総括:たまに食べるジャンクフードは至福の味
待望の『アニメ版スタートレック』はファンサービス満載のコメディ作品。
その楽しさとお気楽さ、まるでジャンクフード。
『スタートレック:ローワー・デッキ シーズン1』先立って動画で語らせていただきましたが、文章で少し違う角度でまとめてみます。
半世紀ぶりのアニメ版スタートレック
『スタートレック:ローワー・デッキ』。
『まんが宇宙大作戦』(TAS)以来、ほぼ半世紀ぶりとなるアニメ版スタートレック。そのカートゥーンっぽいビジュアルは異質さを醸し出していたように思います。
とくに、『ディスカバリー』そして『ピカード』と、シリアスで壮大な実写作品が次々と供給されている今のスタートレック界隈ですから、なおさらです。
結論から言うと、私は『ローワー・デッキ』をとても楽しんで観ることができました。
軽いノリでファンサービス満点のこの作品は、正しく「スタートレック界のジャンクフード」とでも呼びたくなる魅力を持っていました。
本稿ではローワー・デッキを楽しめたポイントについて総括したいと思います。
『まんが宇宙大作戦』と『ローワー・デッキ』
『ローワー・デッキ』の面白さは、根本的には「アニメ版という媒体のおいしいところだけをとった」というのが大きいと思います。
- 見るからに実写シリーズとは異なるビジュアル。
- カートゥーンらしい大げさな表情やナンセンスなギャグ。
- かと思えば、スタートレックらしさを忘れない目くばせ要素。
- オールドファンにしか分からないようなパロディやファンサービスも充実。
歴史ある実写シリーズのアニメ版として、およそ完璧な立ち回りと呼べるのではないでしょうか。
そこまで言ってしまうのは、『まんが宇宙大作戦』という、不遇なポジションの先達がいたがゆえのことでもあるのですが…。
まんが宇宙大作戦に降りかかった『実写シリーズの中のアニメ作品』というポジションの悲劇と、その清算
『まんが宇宙大作戦』…通称TASは、元祖『宇宙大作戦』…通称TOSの放送終了後、1973年に放映されたTVアニメーション番組でした。
TOSの終了後に、スタートレックの人気がじわじわと出てきたために作られた作品で、当時としては1979年に映画版(TMP)が制作されるまでの、唯一の映像作品でありました。だがしかし、今日までにおける『まんが宇宙大作戦』の立ち位置は不遇そのものでした。
私見ですがその要因は、『まんが宇宙大作戦』が基本的に『TOSの代わり』を意図して作られていた点にあると思っています。
主役はTOSと同じ初代エンタープライズ号。カーク船長を始めとするクルーや各キャラクターも多くがTOSと共通で、声もオリジナルキャストが担当しているのです。*1
作劇形式もほぼTOSのまま。TOSの視聴者ならばほとんど違和感を覚えることもなく、TASを楽しめると思います。*2
このように、実写作品のTOSに限りなく近い作り方をしていた一方で、TASは「アニメ版でしかできないことにチャレンジする」精神も忘れていませんでした。
たとえば当時、実写だったら撮影技術の限界で作れないような、異形のエイリアンや巨大なクリーチャーを登場させていたのもその一端です。*3
当時にしてみれば、「TOSから受け継いだ要素」 と「アニメーションならではの可能性」のいいところをとったわけで、その時できるベストな作風だったのでしょう。
ただ、その後の歴史はTASにとって逆風となってしまいました。
スタートレックの人気はさらに再燃し、TOSのオリジナルキャストでの実写映画シリーズが開始。以後のスタートレックの世界は、実写作品で拡張されていくことになったのです。さらに87年、TNGから始まる実写TVシリーズの再開が決定打となってしまいます。
そうして実写を中心に広がったスタートレックの世界において、結果的にTASは異質な存在となってしまい、あえなく放置されることになってしまいました。
TASは、TOSに忠実な作りの反面、その後の実写作品には登場しない要素が多すぎて、「中途半端にオフィシャル感がある分、かえって位置づけに困ってしまう派生作品」と化してしまったのです。
『ローワー・デッキ』の華麗なるリベンジ
それでようやく『ローワー・デッキ』の話に戻りますが、今回、『ローワー・デッキ』はその歴史を完璧にリベンジしてみせたと思います。
すなわち、正規タイトルに含まれないことを逆手にとって暴れまわり、ファンサービスや過去作のパロディを振りまいて、カジュアルに楽しめる。いい意味での「カートゥーン」としてのアニメ作品です。
それでいて、正史世界の物語であることを作中で明確にし、さらにTASネタを盛り込むことによって、逆説的にTASもスタートレックの輝かしい歴史の一部であると宣言してみせたわけです。
『今回の新作は、スタートレックらしさを保っているかどうか』なんてことを気にせずに楽しめる、ファンの心理を利用した、おそらく最良のジャンクフード的作品だと言えましょう。
1シーズン10話を小出しにするのではなく、一挙配信したのも英断だったと思います。
ジャンクフードは、ちょっと食べすぎかな?と思うくらいに馬鹿食いするのが、一番おいしいですからね。
『スタートレックらしさ』を担保する、絶妙なキャラクター配置
『ローワー・デッキ』のキャラクター達は、アメリカのコメディアニメの常として、自己中心的、打算的、マイペース、時に信じられないくらいの間抜けっぷりを示します。
スタートレックファンは、どちらかというと真面目な人種だと思うので、本来なら目くじらのひとつも立てたくなってしまうところですが、『ローワー・デッキ』はうるさいファン対策をしっかりしていました。
特に感心したのは、キャラクター配置によって『スタートレックらしさ』を担保し、不安要素を取り除いている点です。
メインキャラクターの4人が、スタートレックを構成する根本的な要素をそれぞれ司っているのです。
①マリナー
… 冒険心、独立心、英雄願望
②ボイムラー
… 理論、規律、夢想家
③ラザフォード
… 知的好奇心、職人、ナード精神
④テンディ
… 理解、協調、融和、楽天思考
ここで挙げた要素は、どれもスタートレックに外せない要素であるのは、ファンの方には説明するまでもないことでしょう。
このように、一番重要な各要素をメインキャラクターに分割して配置しているおかげで、個々のエピソードでどれほどギャグが暴走しようと、『ローワー・デッキ』はスタートレックらしく在ることができます。
もちろん、『ローワー・デッキ』のキャラクターはカリカチュアされているので、特にこのような役割分担が顕著に見えるだけで、過去作の登場人物達もこういった要素は大体兼ね備えていたのです。
実写作品の場合はカートゥーン的なキャラクター付けだと奥行きのない人物像になってしまうので、もっと複雑に絡み合っています。
たとえば、カークはたぶんマリナー成分が一番多く、でもテンディ成分やボイムラー成分も併せ持ち、バランスを忘れない人物です。
スポックは当然、ボイムラー成分が多いのですが、科学者なのでラザフォード成分も多め、でも時々見せるテンディ成分が魅力的なキャラクターでした。
このような感じで、「スタートレックらしさ」を形成してきた構成要素について考えてみるのも面白いと思います。
『ローワー・デッキ』はコンテンツ飽和時代における最適解のひとつではないか
昨今、コンテンツの供給量があまりにも増えすぎているため、長年オタクをやっている人間には追いつくのが大変な状況となっています。
加速するスピードに対応するために、イチから新しいプロダクトを立ち上げるよりは、既知のコンテンツやキャラクターの延長で遊ぶことが、カルチャーの重要な要素となりつつあります。
このこと自体は抗えない時流だと思うので、作品側もそれに対応した作りに適応していく必要があると考えています。そんな状況の中、『ローワー・デッキ』の導き出した答えは、現状における最適解と言えるのではないでしょうか。
想像のつく味、単純だけどおいしい、コスパがいい。それがジャンクフード。
何も考えずにほおばるジャンクフードは至福の味なのです。
シーズン2を心待ちにしております。