『007/ゴールドフィンガー』ゴールドだけに金字塔、と呼ぶならば
一言でいえば能天気。だからこそ、未だに語り継がれる金字塔。
好事家にとっては抗いがたい。それが『ゴールドフィンガー』。
長寿キャラクター『ジェームズ・ボンド』の転換点
長寿シリーズは、変質していくものです。
たとえば「ゴジラ」シリーズを例に取ってみると、ゴジラのキャラクター性は大きく変質し続けています。当初は人類を脅かす怪物であったはずが、ある時は正義の味方に変貌することさえあったのです。
なぜ、このような変化が起きるのか。
思うに、長い時間をかけて、そのコンテンツが沢山の人間の人生に関係してきたことの証左なのだと思うのです。*1
シリーズが長く続くということは、新作が作られるたびに、いろんな作家の手が入ります。
さらに、スポンサーやプロダクションの意向を取り入れなければいけなかったり、その時代の流行やコンプライアンス、社会情勢にも左右され…、そして何より、観客の反応。つまり収益に影響されます。そういった関係性の上に作品は結実するので、長寿シリーズこそ変容して当然というわけです。
『007』シリーズでもご多分にもれず、同様の現象は何度も起こっていて、ジェームズ・ボンドのキャラクター像から作風、リアリティラインすらも頻繁に変わっています。
前置きが長くなりましたが、その最初の大きな変化が本作、『ゴールドフィンガー』だったのではないでしょうか。
退廃と戯画、アダルトとおふざけ
本作『ゴールドフィンガー』はシリーズ中で、コミカル路線の先鞭をつけた作品だと、よく評されています。
『子供っぽい』『ばかげている』とか思いながら笑ってしまうけれども、インパクトは強烈だし、何より面白いので、記憶に残る。そんな映画です。
シリアスでロマンティック、いい意味で「クラシカルな映画」っぽさを持っていた前作『ロシアより愛をこめて』との落差はかなりのものです。
ところで、個人的な考えを申しますと、007シリーズの面白いポイントは、「懐の広さ」だと思っています。
『一見、相反する要素がきれいに混在している』と言い換えてもいい。『ゴールドフィンガー』はまさにその兆しだと見受けました。
- A級っぽさと、B級っぽさ。
- スタイリッシュさと、イモっぽさ。
- 退廃と戯画。
- アダルトと子供だまし。
- 由緒正しさとポンコツさ。
このような要素を抱き合わせる、懐の深さがある。だからこそ、007はオンリーワンであるし、『ゴールドフィンガー』はまさにそういう作品です。
恐れていたゴールドフィンガーの金相場吊り上げ作戦
本作のゆかいさは、悪役であるゴールドフィンガーのキャラの濃さと直結しています。
かれは金に執着する大富豪で犯罪組織のボス。金を密輸するために、純金製のロールスロイスを作ったりと、素っ頓狂な手口を使っているなど、まあ要素が多いです。
バカンス先でカードのいかさまをやるような小物っぽさがありながら、最終的には『世界一、金塊が集まる場所』ことフォート・ノックスに手を出すスケールの大きさも兼ね備えています。
ボンドを警戒しておきながらも、一緒にのんきにゴルフのラウンドを回ったり、あえて彼を生かしておいたことが結局は命取りとなりました。身をもって、「スパイは見つけ次第、始末すべき」だという教訓を教えてくれたのです。
面白いのが、彼の立案した「グランドスラム計画」です。
フォート・ノックスをターゲットにしておいて、真の狙いが「金塊の強奪」ではなく、『フォート・ノックスで核爆弾を爆発させて放射能汚染を起こし、人が立ち入れないようにして、間接的に世界の金相場を吊り上げることで、自分の持っている金の価値を高める』というところ。
頭がいいのか悪いのか、狂気の犯罪者の思考はまったく意味不明だという訳です。はたして、そのハイリスクさに見合う作戦なのでしょうか?ある意味、不採算すぎると思われるこんな作戦を着想したのが逆に凄い。感心しました。
ゴールドフィンガーの濃さは彼個人に留まらず、
- 鋼鉄製のシルクハットを武器とする用心棒オッドジョブ
- 大仰な仕掛けの施された秘密基地
- 女性だけで構成されたアクロバット飛行隊に毒ガス散布させる…
よくもまあ、こんなにもネタを詰め込んだものです。ここだけとっても面白い。マスターピースというにふさわしいですよ。
時代のアイコン:ボンドカー
シリーズのもう一つのシンボルでもある『ボンドカー』が初登場。
本作がリアリティラインを一気に変化させた要因の一つでしょう。
バットマンのオリジナルTVシリーズより早く、これだけ洗練されたイメージを開拓しているのですから大したものです。後のマッハ号をはじめとした、ギミック満載のトンデモスーパーカーの先駆けとして、その影響は多大ですよね。
歴代の中でも、やっぱりアイコニックなのはこの「銀色のアストンマーティンDB5」でしょう。当時おもちゃが大ヒットしたというのも納得。あきれるほど洗練されたフォルムで、格好いいです。
ボンドガール 『プッシー・ガロア』
何気に初の「ボンドとの愛によって裏切る」タイプのボンドガールです。
アクロバット飛行隊の頭領であり、ゴールドフィンガーの協力者として登場します。
演ずるオナー・ブラックマン氏は当時38歳で、長らく『最年長ボンドガール』*2だったとのこと。全2作のヒロインよりも人生経験が豊かだという設定ゆえの起用か、主体性のないお飾りというわけではなく、初めて自らの思惑で事件に関わってきたヒロインだとも言えますね。
登場して開口一番で『男嫌い』を自称し、当初はボンドを歯牙にもかけませんでした。自らの実力で地位を勝ち取ってきた自負を感じさせる悪党の風情。『マイ・フェア・レディ』とかと同年の映画として見ると、当時としては斬新だったのではないでしょうか?
ローレン・バコールとかシャーロット・ランプリングのような、目つきの鋭い知的美人の系譜。本作の華々しいがB級っぽい雰囲気の中に、少しピリッとしたスパイス的役割を果たしているように見受けました。