『007/ロシアより愛をこめて』大人の007はオリエント浪漫の香り
東西両方を手玉にとり、ジェームズ・ボンドを狙う謎の組織スペクターの罠。
イスタンブールを発つオリエント急行の異国情緒が、大人のスパイ活劇を演出する。
活劇ではなくロマン映画
シリーズ2作目となる『ロシアより愛をこめて』。美しいタイトルですが、旧邦題は『007/危機一発*1』と、いかにも大衆向けアクション映画めいた名前をつけられていました。
でも本作に関しては、原題の直訳にあたる『ロシアより愛をこめて』がもっともふさわしい。このちょっと文学的でロマンティックな雰囲気が、まさに本作の作風と合っていると思います。
007シリーズ中でも、とくに本作は名作の誉れ高いことは存じていましたが、実際ちゃんと観てみて納得しました。
無駄のないストーリーが美しい。画面が美しい。ヒロインとの愛が美しい。フィナーレが美しい。
最初はスパイ同士の仮初めの設定だったはずの「ハネムーン」という一点にすべてが収束するハッピーエンドがまぶしいです。こんなに清涼感のあるエンディングは、007シリーズでも珍しいのではないか、と思いました。
前作『007/ドクター・ノオ』に比べ、アクションや銃撃シーンも増え、全体的にパワーアップしているのは確かなのですが、それより特筆すべきはこの「ロマンティックな美しさ」ではないかと思います。スパイ活劇というより、ラブロマンス映画に近いフィーリングを持っていると思うのです。
東西両陣営を手玉にとる敵組織「スペクター」
前作『ドクター・ノオ』に続き、本作でも敵となるのは謎の組織「スペクター」です。
東西冷戦を背景にしたストーリーながら、その裏で暗躍するスペクターが真の黒幕というのが面白く、ボンドとヒロインのタチアナという東西両陣営のスパイたちは、まんまと乗せられてしまうことになります。
今回のスペクターの目的は『ドクター・ノオの仇=ジェームズ・ボンド自身の抹殺』です。
スペクターの組織像は、よくある悪の組織の典型ではあるのですが、冷酷非情のトップダウンな組織というだけでなく、ドクター・ノオの件を根に持って復讐してくるというあたり、マフィアめいた仲間意識を感じさせます。(一方で、ボンド抹殺を失敗したり不忠を働いた部下は即処刑したりするのが面白いところです。たぶん、ドクター・ノオのような殉教者にはやさしい一方、背教者には厳しいのかもしれませんね。)
当時実在したソ連のスメルシも登場するものの、実はボンドの真の敵はスペクターだとすることで、東西の対立構造よりも一段構造が深くなり、ラストの宥和的な大団円のカタルシスにもつながっています。
西ヨーロッパから見た「オリエント」の特別感を堪能できる。
前半の舞台はイスタンブールなのですが、それがまず興味深い。日本人にとっては二重の意味で異国情緒を感じる、とびきりの場所です。
われわれ日本人は、北東アジアの国に生まれながら、西洋史観で世界史を学んでいるために、トルコなどのオリエントを見るときには、「異国(西洋)から見た、さらに遠くの異国」という二重のフィルターを通じて見ることになるからです。
もちろん、そこがかつての東ローマ帝国の都であり、様々な文化の入り混じった建築や美術様式を擁する場所であるからして、欧米人の視点で、かの地がどう見えるかは興味深いところです。
そこには(現代であればオリエンタリズムだと批判されるような)蔑視の感覚と同時に、はるか東方の地に対する憧憬、ローマ帝国の栄華に対する郷愁、などが入り混じり、それがゆえにロマンを託す対象になっているのではないかと愚考するしだいです。
そして、イスタンブールは黒海の入り口でもあり、今回の背景である東西冷戦の当時、ソ連のスパイとの接触には格好の舞台。
ローマ時代の水道施設を使った諜報戦や、ジプシーの集落を舞台にした銃撃戦など、スパイ映画らしいカオス感が好ましくマッチします。現地でのボンドの相棒的存在になるケリム局長が有能なのもいい。
これらも舞台がイスタンブールだからこそのギミックだと言えるでしょう。
後半は、オリエント急行でパリへ向かうパートになります。まだパリ=イスタンブール間の直通便があったんですね。
スペクターからは、ボンドに劣らない屈強なヒットマン、グラントが送り込まれてきて、ボンドとの対決となります。高級寝台車両を舞台にした格闘戦、スパイグッズで相手を出し抜いての逆転劇など、痛快です。
ボンドガール タチアナ・ロマノヴァ
ソ連の女性スパイといえば、MARVELのブラックウィドウがそうであるように、若く美しい女性で、ロマノフ姓だと相場が決まっています(サンプル数:n=2)
彼女はソ連の諜報員であり、スペクターの陰謀による任務を祖国のためだと信じて、ボンドに接近してきます。ですから、前作のハニー・ライダーと違ってカタギの人間ではないし、巻き込まれ型のヒロインという訳でもありません。ボンドも彼女のことは最初からスパイと分かった上で接触するんですが、その実、「真の黒幕にだまされて利用されている」という意味ではイノセントでもあるのです。
であるからこそ、最終的にボンドへの愛に目覚めて彼を助ける展開も、(さほど)不自然でないのです。
歴代ヒロインの中でも人気が高いというのもうなずける美貌と上品さも印象的ですが、それ以上にこの「対立構図からの大恋愛」というのは、正ヒロインにふさわしいストーリーではないでしょうか。
他の007作品だと、ボンドが最終的にヒロインと恋に落ちてハッピーエンドを迎えたとしても、どこか冷めた感じが拭えません。
ボンドのプレイボーイ設定からして、「今は幸せそうだけど、たぶんしばらく楽しんだ後、次の任務のために別れるんだろうな…」などと思います。
しかし、本作の場合はベネツィアでのラストがあまりにもロマンティックで美しく、それが2人の本当のハネムーンになってほしいな、とすら思ったのです。これぞロマンスですね。
*1:※『危機一髪』だと思い込んでいたのですが、ご指摘いただき修正しました。