ソウル・エデュケーション

広く浅く、趣味の味わいを探求するブログ

旅先で最高にエモい「タイ国有鉄道」に遭遇した話

今回は「鉄道」という趣味の入り口に立ちました、というお話です。

 

 

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この異国情緒しかない光景を味わいます

 

 

 

 

 

 

「鉄道=底知れない沼」というイメージ

 節操なく様々なジャンルの趣味をかじってきた私ですが、実は『おそれ多くて入れないジャンル』があります。

 

その代表格は、何をかくそう『鉄道』。

 理由は「底知れぬディープさを感じるから」。

 

もっとも身近な交通手段でありながら、鉄道ファンとそうでない人間とでは、知覚する世界がまるっきり違う。

そして身近であるぶん、得られる知識・情報量は膨大。少し調べるだけで幅広く、奥の深い情報が手に入ります。そういう沼に踏み込むのは勇気がいるわけです。

 

しかし先日、鉄道に関して思いきり「にわか」である私が、偶然「エモい」としか言いようのない体験に出くわしました。

今回はその体験を通じて、「鉄の入り口」を垣間見たという話です。

 

 

 

「機関車」って知ってますか

 

 その話をする前に、ちょっと雑文にお付き合いくださいませ。

 

 先にも書いた通り、私は鉄道に関して完全に「にわか」ですが、ここのところ「機関車への愛」がめばえつつあったんです。

 

そもそもの発端は子供時代。

故郷の広島*1に住んでいた頃、日常的に遭遇していた『EF66電気機関車』でした。当時は何の気なしにその青いボディを覚えていただけでしたが、大人になってからこの車両が「実は最高にかっこいい」という真実に気づいてしまったのです。

 

だって、EF66をごらんなさい。

青島文化教材社 1/45 トレインミュージアムOJシリーズ No.4 電気機関車 EF66 後期型 プラモデル

 

いやー、かっこいい。

優美で力強く、スター性抜群なデザイン。

豪華に奢られたグリルと無骨に突き出したライトケースは、まるで50年代のベルエア・インパラのごとし。

この美しい車両が、雨風にさらされホコリにまみれながら日本の物流を支えてきたなんて、胸が熱くなるというものです。

 

そして、何より重要なポイントなのですが、EF66は『機関車』なのです。

機関車というのは、客車や貨車を牽引する動力車のことをいいます。

 

鉄道ファンの方には「何を当たり前のことを」と言われるかもしれませんが、そうでない方はお立ち会い。

皆さんは「機関車」というものを何なのかご存知でしょうか?たぶん、具体的に答えられる人は多くないと思います。なぜなら、日本では機関車にふれる機会は少ないからです。

 

たとえば都内でよくみる「電車」は、機関車を必要としていません。

電車の場合は各車両にそれぞれモーターを積んでおり、動力源が1両ごとに分散されています。車内に乗客を乗せるスペースを確保しつつ、急加速・急減速を繰り返す必要があるからです。

 

いっぽう、EF66のような「機関車」は自身の動力だけで客車や貨車を押したり引いたりして動かします。

コンテナを積んだ貨車を、ときに何十両もいっぺんに牽引するだけのパワーが、たった一両の機関車に集約されているわけです。いったい、どれだけパワフルなのか!

 

機関車は、いまや都市部で暮らす人間にはなじみが薄い存在ですが、『機関車が客車を牽引する姿』こそ、蒸気機関車の昔からの古式ゆかしい列車の姿。

映画ファン的には、オリエント急行や西部劇の汽車を思い出しますよね。そういうロマンもあって、ある種の憧れの存在です。

 

 しかし現在、国内では「機関車の引く客車に、乗客として乗る」チャンスはかなり希少*2です。

かつてはEF66も「ブルートレイン」として寝台列車を担っていたのですが、それも既に廃止ずみ。

 

そういうわけで、『機関車の客車に乗れる機会はもう無いかもしれない…』と思っていた、その矢先。

海外旅行で訪れたタイ王国で、その希望は叶ってしまったのです。

 

ふう、やっと本題に入れます。

 

 

前振りとしての、未来的なメトロ

 

それは、今年2月に旅行で訪れた異国の地・タイ王国でのこと。

滞在3日目のその日は、ホテルからバンコク現代美術館(通称MOCA)に向かう予定でした。

 

MOCAへ向かうルートを調べると、Googleマップ先生は『電車を乗り継ぐ必要がある』とお告げになりました。

ならば、我々は導きに従うのみ。

 

 

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青色の路線がメトロ、いちど謎の灰色の路線に乗換が必要

 

 

乗り継ぎの最初は、通称『バンコク・メトロ』と呼ばれる地下鉄で、

日本のメトロに劣らない近代的な設備を誇ります。

駅構内も清潔で、頭上にはデジタルサイネージで広告が表示され、券売機もタッチパネル式。外国人でもあまり迷わずに切符を買うことができます。

 

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日本の地下鉄と同等以上のサイバーパンク感のあるバンコク・メトロ駅構内

なかでも感心しきりだったのは、切符が「紙ではない」こと。
磁気を帯びた樹脂製のコインのような形の切符で、それを自動改札機にタッチすることで改札を通過できます。

改札を出るときには、自動改札機のスロットにコインを投入すればOK。

これなら何度もリサイクルして使用できるわけで、じつに合理的です。

 

そんな地下鉄に乗って、乗換駅である『Bang Sue』駅で下車。

今にして思えば、この近代的メトロは、この後の体験を引き立てるための前振りだったのでしょう。

きれいに整備された階段を登って地上へ出ると、こんな風景が目に飛び込んできたのです。

 

 

 

 

知識ゼロからの偶発的ファースト・コンタクト

 

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異国情緒しかない光景

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開放感のある空間に、生ぬるい風が吹き抜けます



それは異国。

東南アジア、タイ王国

日本ではありえない光景でした。

 

もちろんこれは駅なのですが、ホームは歩道なみに低く、人々は自由に線路をまたいで往来しています。

駅構内から一歩出ると、舗装されていない地面。

ベンチの下には、野良犬が昼寝。

線路の脇には大量に駐輪された原付。

 

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ホームが4つもあり、恐らくこの付近では大規模な駅だと思われます

 
そして、何より重要な点ですが、線路はあれど、頭上に電線がありません。つまり、ここを走っているのは電気を動力とする「電車」ではないのです。

 

はたしていったい、どんな列車が走っているのか。

期待に胸を高鳴らせながら待っていると、穏やかな鼓動音を響かせながら、それはホームに入ってきました。 

 



 

嗚呼。

これほど「エモい」という言葉を実感する光景があるでしょうか?

 

やってきたのは、ディーゼル機関車

内燃機関ディーゼルエンジンで駆動する機関車です。

ゆっくりと通過するその姿を目で追い、しばし茫然。

 

こみ上げる嬉しさを噛み締める間もなく、ダメ押しするかのように入構してきた2両目の機関車は、なんと客車を引いているではありませんか。

もはや思考停止。感動。

 


 

 

うーん、イイ。

もはやイイとしか言えません。

 

あとで知ったところでは、これこそが『タイ国有鉄道』。

 

総延長4000キロを超える東南アジア最大の鉄道で、タイ国民の生活の足であり、交通の要も担っている路線です。

全路線が非電化のため、もっぱらディーゼル機関車が活躍している、桃源郷

私はそれに予備知識ゼロの状態で遭遇したことで、一層の感動を呼んだのでした。見るものすべてが輝いて見える。なんということ。

 

そして私は妻と二人で客車に乗り、タイならではの生ぬるい排ガスまじりの風を浴びながら、わずか2駅の車窓風景を楽しんだのであります。

 

鉄道に興味のない妻ですら、『世界の車窓からみたいで面白い!』と上機嫌だったことから、いかほどの体験だったかお察しください。

 

 

乗車時間は10分にも満たない短さだったでしょうか。

恐ろしいほどあっけなく、つかの間の電車旅は終わり、夢は覚めました。

たぶん、このファースト・インパクトからは一生逃れられない気がします。

 

 

味わい尽くすために知識を仕入れざるをえない性分

さらにこの感動のすばらしさを裏打ちするために、帰国後に色々と調べて得た情報も含めて、感動ポイントをご紹介しましょう。

 

 

 

ディーゼル機関車について

まずはこのディーゼル機関車に触れずにはいられません。

かわいらしい外装と派手なペイント。長年使い込まれた車両からは貫禄を感じます。

 

私が出会ったディーゼル機関車は、世界的メーカーのアルストム社製だった模様。

日本の新幹線と並ぶフランスの高速鉄道TGVの車両と同じメーカーです。

言われてみれば、色はともかく車両の形はヨーロピアン風かもしれません。かっこいい上にかわいい、つまり最高。

 


ジャンクションだけに、次から次へこんなのが入構してきます。夢か現か。

 

 

驚異的に安い運賃

タイの物価は、(観光スポットでの食事や買物に関しては)日本とそこまで変わらないレベルだと思います。

メトロの運賃も普通でしたが、タイ国有鉄道に関してだけは、異様なほどに運賃が安い!

 

こちらが乗車券です。

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1人わずか2バーツ(約6.9円)という驚異的な安さ

なんと2駅乗って、わずか2バーツ!

日本円にして「6.9円」です。

 

我々が乗ったのは『3等車』で冷房もない車両だったこともあるのでしょうが、それにしても驚きの価格設定です。

チケット売場のお姉さんに1バーツ硬貨を2枚渡した時には、本当にそれで足りているのか半信半疑だったくらいです。

きっと、「庶民の足」だからこその価格設定なんでしょうねぇ。

 

 

ブルートレインの隠居生活

今回は遭遇できませんでしたが、タイ国有鉄道には夜行列車もあります。

寝台車には冷房完備の車両もあり、そちらは当然もっと高価格らしいです。

 

しかもその寝台車は、なんとかつて日本で走っていたブルートレインの車両なんだとか!日本で引退した後にタイへ輸出されているんですね。(外装は塗装し直されているので、もはや「ブルー」トレインではない様子ですが。)

 

それにしても、かつて日本でEF66などの大型電気機関車に引かれて高速運行していた寝台車が、いまや南の国で小型ディーゼル機関車に牽引されて、ゆったり余生を過ごしているなんて、ドラマチックですね。

「ご隠居」のブルートレインにも、いつか会ってみたいものです。

 

 

憧れの「機関車の客車」の乗り心地やいかに

念願の「機関車の客車」に乗ったわけですが、電車とは乗り心地にかなりの違いがあります。加速・減速がとてもゆったりしており、日本の在来線のような、するどい加速や急制動はしません。

 

さらにレールの間隔が日本の鉄道よりも狭いからか、ちょっとしたカーブでも結構ユラユラと揺れます。*3

それらが相まって、ゆったりフワフワとした、ちょっと浮遊感のある不思議な乗り心地が味わえます。各駅停車でスピードも早くないので、のんびり旅にはうってつけです。

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ホームも低ければ、軌間も狭い


 

旅を彩る軽やかな音響空間

乗り心地だけでなく、日本の電車とは「乗車時に聞こえる音」もかなり違います。

客車にモーターが無いので、いわゆる「ファソラシドレミファソー」*4という甲高いインバーターの音もしないわけです。

それだけに、車輪がレールのつなぎ目を踏むタタン、タタンという音が際だって聞こえ、軽快なリズムを刻んでくれます。これも旅のBGMとして良いものです。

 

 

古いものと新しいものが競演する車窓

タイの近年の経済発展はすさまじく、バンコクは東京都民から見ても巨大な都会です。 

 

しかし急速な発展のためか、真新しい高層ビルのすぐ裏に昔ながらのバラック小屋が立っていたりと新旧入り乱れたカオス感があり、それが魅力でもあります。今回のバンコク・メトロからタイ国有鉄道への乗換でも、もろにそのギャップを突きつけられてしまったわけですね。

 

タイ国鉄の車窓風景を見ていてもそれは非常に感じるところで、線路脇にバラック数棟が集まった小さな集落があったかと思えば、すぐに立派な高層ビルがあらわれ、その外壁には国王ラーマ10世陛下の巨大な肖像写真が掲げてあったりします。

 

タイ国有鉄道の線路と並走して、大きな高速道路が建設中でした。

多数のランプをともない、上下左右にうねるように紡ぎ出される灰色の高速道路は無機質で、昔かたぎの鉄道とは好対照。思わず、鉄道に人間的な温もりを感じてしまいます。 

 

 

いかがだったでしょうか。

 

 

おわりに

 

個人的には、自分の趣味人生においてターニングポイントになるレベルの衝撃を受けたのですが、その感動を少しでも共感していただけたら幸いです。

 

そして、タイ国鉄のあまりのインパクトのために忘れてしまいそうでしたが、本来の目的地であるバンコク現代美術館そのものもなかなか面白いスポットでした。

 

また折を見て紹介したいと思います。

ではまた。

 

 

2020年追記:

翌年の再訪で、始発駅であるフアランポーン駅からの乗車体験を動画にしました。

よかったら、あわせてどうぞ。


タイ国立鉄道 乗車体験&観光の楽しみガイド(フアランポーン駅~バンスー駅)

 

 

*1:ちなみに広島の鉄道事情は全国的には特殊で、『国鐵広島』でググってみると面白いです。それなりの規模の地方都市なのに、ありえないほど前時代的な車両・設備。最近は状況が変わってきましたが。

*2:厳密に言えば「観光地でSLの客車に乗る」機会はあるでしょう。しかし、21世紀に蒸気機関というのは懐古的過ぎますし、あまりにも非日常で、観光用のアトラクションの一種という気がします。ここでは「当たり前に住人の生活や産業に密接に関わり、稼働している機関車」に限った話とお考えください。

*3:レールの間隔(軌間)は安定性や高速性にかかわり、鉄道にとって重要なファクターです。日本の鉄道も世界的には狭い部類なのですが、タイ国有鉄道のそれはさらに狭く、軌間1メートルしかありません。線路は一度敷設してしまうと後からおいそれと変えることができないため、なぜそのゲージを採用しているかを学ぶことで、その国の歴史に触れられたりします。

*4:岸田繁氏の翻案にもとづく表記