ソウル・エデュケーション

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『sakusaku』の思い出

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かつて『sakusaku』というテレビ番組がありました。
平日朝の帯番組でありながら、一時は「テレビ神奈川の顔」とまで呼ばれた人気番組。

この番組の魅力は、リアルタイムでないと味わえないタイプの面白さであり、その当時、番組ファン達が味わった興奮は、たぶん唯一無二なのではないかと思います。

本稿ではsakusakuとの思い出を振り返りながら、リスペクトを示そうと思います。

 

 

sakusakuという番組

sakusakuって何?』と聞かれたら。
「しいていうなら…音楽バラエティ番組?」と答えます。
でも、その番組形式は普通ではありませんでした。

まず、増田ジゴロウ*1というパペットのキャラクターがMCを担当していること。

その彼が、相棒となる女性タレントと『アパートの屋根の上』でトークするという独特のビジュアル。

次々と登場する奇妙なサブキャラクター達は、素人工作で作られたチープなお面や市販のコスプレグッズをつけただけの、番組スタッフが演じている。

そして視聴者参加型の番組である点。

いちおう、ゲストとして豪華な顔ぶれのミュージシャンは来訪しますが、彼らも視聴者と大して変わらない目線で「一緒に番組に参加している」という感覚でした。

時は2000年代。
ネット文化はまだアングラでしかなく、マスメディアであるテレビはまだ圧倒的王者だった時代です。
その地上波テレビにおいて、インディー的なノリのsakusakuは特異な存在だったかと思います。

 


果てしなく意識の低いパペット、増田ジゴロウ

この番組の異質さを形成していた立役者は、増田ジゴロウその人でありました。
パペットがMCを務めるという意味では『マペット・ショー』のカーミットミス・ピギーに近い気もしますが、増田ジゴロウはひと味違います。

なにせ段違いに、意識が低いのです。

まず、「キャラクター」を演じようともしない。
普通のパペットは、人形遣い(パペッティア)の職人芸でもってキャラクターに生命を吹き込もうとするものですが、ジゴロウときたら、その気が一切ありません。
しゃべる時に口を動かすことさえもせず、屋根の上にグシャッと座っているだけ。
話す内容は好きなアニメの話だの、中の人の出身地である三鷹市についてだの、「ぬいぐるみの後ろでおじさんが喋っている」ことをまるで隠そうともしないのです。

また、画面に映らない(カメラの後ろにいる)スタッフをトークに巻き込んでみたり、自分と同世代にしか共感できない青春時代の思い出話に夢中になって、相方をジェネレーションギャップの彼方に置き去りにしたりなど…その振る舞いはフリーダム。

こうしたsakusakuを見ているときの感覚は、ラジオ番組、またはCSの番組に近いものだったと思います。
視聴者との距離感がまず違います。特定ファン層をファミリーとして受け入れる代わりに、それ以外のマスへ訴えることを放棄している…かのようです。

普通に考えて、このような番組は局所的なカルト番組として終わることがほとんどだと思いますが、sakusakuは違ったのです。
なぜなら、その『特定ファン層』が異様なほどに膨れ上がっていったのですから。

 


木村カエラという存在と人気爆発、そして悲劇。

増田ジゴロウの相方を務める女性パーソナリティは次々と代替わりしていき、それぞれ個性に溢れていて、ファンも分散しています。

が、おそらくsakusakuの人気の爆発、黄金期をもたらしたのが誰の時代かというと、ほとんどのファンは『木村カエラ』を挙げるのではないかと思います。

彼女は就任当時、すでにファッション雑誌のモデルとして活動してはいましたが、まだ10代でいかにも未熟。あえてよくない表現を使えば『小娘』という感じでありました。

しかしその大物ぶりは、初回から早速発揮されました。

おそらく年齢的に一回り以上も離れたジゴロウに、最初からまったく遠慮なくタメ口でしゃべる大胆さ。
ジゴロウにペースを奪われたままで終わらない、強引さとパワー。
ロックミュージシャンを意識した派手なファッションやヘアスタイル。
すべてが華々しい存在でした。

ジゴロウにパワー負けしない彼女の存在によって、番組は爆発的に人気になっていきました。

当然のようにファンは増えていき、著名人がブログでsakusakuファンだと公言したり、番組のキャラクターグッズを身につけた人が街中にも見られるまでになりました。

ジゴロウは、著名人がsakusakuの視聴者だというタレコミがあると、『〇〇もサクサカー』と高らかに歌いました。

番組のキャラクターグッズを目印にして、見知らぬファン同士が合言葉をかけあう『巨神兵が』『ドーン!』という行為も番組内で推奨されました。

歯車がすべて噛み合い、人気は上昇の一途。
ファンにとって、『自分が好きなものがサクセスへの階段を駆け上がっていく』という快感は何者にも代えがたいものがあります。その勢いが止まることはないと思われました。

そう。『ご意見番』の訃報が飛び込んできたのは、そんなタイミングだったのです。

 


同志の死は、伝説を作る

ご意見番』こと金田真人氏は、sakusakuの番組プロデューサーです。
自らもパペットを操って出演もしており、博識で、常識人で、癒し系な彼の存在はファンにとってもおなじみでした。
ジゴロウの中の人(通称「黒幕」)とも強い信頼関係があり、ある意味sakusakuは、ご意見番と黒幕との二人三脚で成立している感がありました。

それゆえに、ご意見番の突然の死は衝撃的な事件でした。
いちローカル番組のスタッフの訃報がニュース記事になり、世の中に波紋のように広がったのです。

ご意見番のいなくなった最初の放送では、出演者・スタッフの誰もが涙を流し、嗚咽しました。
テレビ番組にあるまじき、むき出しの生の感情がそこにありました。
そして、ご意見番の死を乗り越えて、皆で番組を盛り上げていこうという決心するまでの心の動きが、スタッフとファンとで共有されたのです。
この放送は、さながらフレディ・マーキュリー追悼コンサートのような、ステージと客席が一体化した感情のるつぼと化しました。
その後もスタッフロールの中に「金田真人」の名前は残り続けました。


時系列が前後しますが木村カエラが歌手としてデビューし、『Level E』や『リルラリルハ』などがヒットした時、関東の中高生が熱狂したのもわかります。
sakusaku人気がカエラ人気を呼び、カエラ人気がsakusaku人気を呼ぶ好循環。
sakusakuは悲劇を機会にして、次のステージへと飛躍したのです。

 

 

sakusakuの今

時が経ち、私も社会人となり、自宅からテレビは無くなりました。
sakusakuはその後も続き、2017年をもって歴史に幕を下ろしましたが、かつてのMCである「黒幕」氏は現在も活動されています。

彼がパペットの姿を借りず、素顔でMCを務める番組『関内デビル』が現在放映中です。
そこにはいまだにあの頃と変わらぬインディーズ精神をもった、われらの『黒幕』の姿がありました。
彼は今、20歳そこそこの共演者たちと比べ、自らが圧倒的な年長者であることを茶化して”大場英治“と名乗っています。

今から思い返してみるに、黒幕という人は、新人類と呼ばれた世代の人々の、最良の部分の結晶だったのではないでしょうか。
50代になっても「若い人と一緒に面白いことをしたい」と大真面目に、嘘くさくならずに言えることは本当に素晴らしいと思うのです。

しかしあの頃、sakusakuをリアルタイムで経験したファン層の絆はいまだに強いようで、当時からの視聴者も多いそうです。
なにせ私達はリアルタイムに伝説を目にしたのですから、さもありなん。

 

 


リスペクト宣言

以上、私のsausakuへの思いを書き綴ってみました。

なぜ、今さらこんなことを書いたかというと、私もアパートの屋根の上で喋ってみることにしたからです。

インディー精神と気楽なスタンスを体現するためのフォーマット、という意味でこの形態はsakusakuリスペクトであります。

内容や面白さは比べるべくもありませんが、気楽に、好きなようにやってみようと思います。